水の表面に石鹸などの界面活性剤を入れると表面が動きますが、これはマクロスケールと呼ばれる巨視的な観点からは、表面張力が低下するためであると説明されます。この現象は、分子の世界、つまりナノスケールの視点から見ると、水分子や界面活性剤の分子が各々と接触する際に、向きを変え、あるいは分子同士が結びつくことで、混ざりあう前とは異なる新しい「居心地のよい位置」である平衡状態に移動した結果として表れますが、これらの分子が表面付近でどのようにふるまい、それがマクロの物理量にどのように影響を与えるかといったミクロの具体的な詳細についてはよく分かっていません。
この表面張力は、液体と気体の界面にはたらく単位長さあたりの力、または液体と気体の界面がもつ単位面積あたりのエネルギーと定義されますが、同じように固体と液体、固体と気体の間にも、それぞれ界面が存在し、これらが交わる場所を接触線、あるいは三相界線と呼び、これらが関わる現象を「濡れ」と呼びます。下の図に、水とアルコールの混合液の接触線付近の分子の様子を示しました。液体と気体のひとつの界面でも分かっていないことが多いと書きましたが、このような界面が3つ交わる濡れには、物理的、化学的要因が絡まり、極めて複雑な現象が起きます。それでいてなお、撥水加工、汚れない表面など、濡れは我々の身近では欠かせない物理現象です。
このように「目では見えない」ナノスケールの分子の振る舞いが、その百万倍の大きさを持つ「目に見える」巨視的なスケールの液体の挙動を支配すること自体が大変興味深い未開拓の学術分野であることはもちろんですが、これに加えて、現在の産業界、たとえば半導体、製膜・塗布などの製造業においては、構造の微細化、高精細化にともなって、ナノスケールでの分子の振る舞いの本質的な理解を踏まえたマクロスケールの現象の制御が不可欠となってきており、ナノとマクロを接続できるような理論と解析手法の需要が高まっています。
私たちは、液体の表面、界面や内部のナノメートルスケールの構造が、表面張力や粘性、濡れなどのマクロの物性と挙動をどのように決定するのかという問題について、主にコンピュータを用いた分子シミュレーションによる解析を行っています。